【万葉集に登場する「池」】

万葉集には「池」を詠んだ歌は、30首程度が見られます。
庭園と言えば池ですが、万葉集の場合は、それぞれの歌が詠まれた環境で異なります。例えば、大伴家持の家で詠まれたのなら、その庭の池でしょう。宮廷や寺なら、その庭園の池、もちろん、山谷におもむいて詠うなら、自然の池ということになります。
実際の歌ごとに見て行くしかありません。ただ、実際には、池そのものを詠うのではなく、主に鴨や草木と一緒に詠み込まれていることがほとんどです。以下に順次、それぞれの池の開設をご紹介していきます。


【池を詠んだ歌】

0170: 嶋の宮まがりの池の放ち鳥人目に恋ひて池に潜かず

原文: 嶋宮 勾乃池之 放鳥 人目尓戀而 池尓不潜
作者: 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)

読み
嶋の宮、まがりの池の、放(はな)ち鳥、人目に恋ひて、池に潜(かづ)かず

意味
嶋の宮の池に放し飼いにされている鳥たちも、皇子さまが亡くなったさみしさに、人恋しくて、水にくぐることもしない。


0172: 嶋の宮上の池なる放ち鳥荒びな行きそ君座さずとも

原文: 嶋宮 上池有 放鳥 荒備勿行 君不座十方
作者: 舎人(とねり)

読み
嶋(しま)の宮、上(うへ)の池なる、放(はな)ち鳥(とり)、荒(あら)びな行(ゆ)きそ、君(きみ)座(ま)さずとも


意味
嶋(しま)の宮の上(うへ)の池の放(はな)ち鳥(とり)よ、心を荒(すさ)ませないで、皇子様がいらっしゃらなくても。

上記、2首から
<「嶋の宮の池」を知る>


1)島(嶋)の宮の池

島庄(しまのしょう)にあったとされる草壁皇子(くさかべのみこ)の宮のことです。ここは、島大臣(しまのおおおみ)と呼ばれていた蘇我馬子(そがのうまこ)の邸宅だったとのことです。歌は、若くして亡くなった草壁皇子を偲んで、柿本人麻呂と舎人たちによって詠われたものです。舎人集団は、朝廷に直属する比較的下級の身分の官人たちです。「皇子の尊の宮の舎人等が慟傷みてよめる歌二十三首」を詠んでおり、その内の1首です。
宮の跡は、蘇我馬子(そがのうまこ)の墓といわれている石舞台(いしぶたい)の付近一帯といわれています。

0201: 埴安の池の堤の隠り沼のゆくへを知らに舎人は惑ふ

0257: 天降りつく天の香具山霞立つ.......(長歌)

0260: 天降りつく神の香具山うち靡く.......(長歌)

0378: いにしへの古き堤は年深み池の渚に水草生ひにけり

0390: 軽の池の浦廻行き廻る鴨すらに玉藻の上にひとり寝なくに

0416: 百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ

0711: 鴨鳥の遊ぶこの池に木の葉落ちて浮きたる心我が思はなくに

0725: にほ鳥の潜く池水心あらば君に我が恋ふる心示さね

0726: 外に居て恋ひつつあらずは君が家の池に住むといふ鴨にあらましを

1249: 君がため浮沼の池の菱摘むと我が染めし袖濡れにけるかも

1276: 池の辺の小槻の下の小竹な刈りそねそれをだに君が形見に見つつ偲はむ

1650: 池の辺の松の末葉に降る雪は五百重降りしけ明日さへも見む

2166: 妹が手を取石の池の波の間ゆ鳥が音異に鳴く秋過ぎぬらし

2720: 水鳥の鴨の棲む池の下樋なみいぶせき君を今日見つるかも

2772: 真野の池の小菅を笠に縫はずして人の遠名を立つべきものか

2833: 葦鴨のすだく池水溢るともまけ溝の辺に我れ越えめやも

3020: 斑鳩の因可の池のよろしくも君を言はねば思ひぞ我がする

3089: 遠つ人狩道の池に住む鳥の立ちても居ても君をしぞ思ふ

3223: かむとけの日香空の九月の.......(長歌)

3289: み佩かしを剣の池の蓮葉に.......(長歌)

3492: 小山田の池の堤にさす柳成りも成らずも汝と二人はも

3788: 耳成の池し恨めし我妹子が来つつ潜かば水は涸れなむ

3831: 池神の力士舞かも白鷺の桙啄ひ持ちて飛び渡るらむ

3835: 勝間田の池は我れ知る蓮なししか言ふ君が鬚なきごとし

3876: 豊国の企救の池なる菱の末を摘むとや妹がみ袖濡れけむ

4503: 君が家の池の白波礒に寄せしばしば見とも飽かむ君かも

4512: 池水に影さへ見えて咲きにほふ馬酔木の花を袖に扱入れな

4513: 礒影の見ゆる池水照るまでに咲ける馬酔木の散らまく惜しも
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