<Wikipediaより、転載>

シクラメン(学名:Cyclamen persicum)はサクラソウ科シクラメン属に属する多年草(1年や2年で枯れること無く よく生き残れる草)の球根植物である。大和言端(ヤマトことば)では「カガリビバナ(篝火花)」と呼ばれる。地中海地方が原産の草花であって、ハート形をした柄の長い葉には白斑があり、花茎を伸ばし花をつける。花の色は白や赤・黄・桃色などと多様性に富み、花も一重や八重など、観賞用として多くの品種が産まれている。
日本においては秋から春にかけて花が咲く。そのためにシクラメン(カガリビバナ)は冬の花として名高く、日本の公共放送局である日本放送協会(NHK)のラジオ番組・「ラジオ深夜便」では このシクラメン(カガリビバナ)の花を12月19日の「誕生日の花」とした上で、その花言葉を「内気なはにかみ」及び「理解」としている。ただし、俳句では春の季語とされている。
「カガリビバナ(篝火花)」の他には、「ブタノマンジュウ(豚の饅頭)」という和名をも持っている。先に挙げた「カガリビバナ」の側は、この花を見たある日本の貴婦人(九条武子だといわれている)が、「これはかがり火の様な花ですね」と言ったのを聞いた植物学者・牧野富太郎が名付けた。後に挙げた「ブタノマンジュウ(豚の饅頭)」の側は、植物学者・大久保三郎が この草の英名:sow bread(雌豚のパン=放し飼いの豚がシクラメンの球根を食べてしまうことから命名)を日本語にそのまま直した名前である。「カガリビバナ」の側はその花を、「ブタノマンジュウ」の側は その球根を見て名付けたものであると言える。
シクラメン属の総称として「シクラメン」と言うことも多い。けれどもこの記事においては「シクラメン」という言端(ことば)を、特に明記しない限りはC. persicumとその品種、変種のみを指して用いる。
なお、属名の Cyclamen を発音に忠実にして表記すると「キクラメン」となり、文献によっては、「キクラメン・〜」と表記する場合もある。


【シクラメンの生態】

シクラメンは双子葉植物として分類されているが、実際に土から芽を出す時は一枚しか出てこない。また、子葉から数えて7、8枚目の葉が出た頃から花芽の形成が始まる。又(また)、葉芽と花芽は一対一で発生して行く。花を放って置くとすぐ結実するが、結実させたままにすると株が弱り、最悪枯れてしまうので、採種が目的でも数輪残すだけ、採種が目的でなければ全て取り除くのが好ましい。球根は茎が肥大したもので、分球しない。この種の球根は表皮がコルク状で、乾燥に よく耐えることが出来る。球根が地上に露出した状態を好む。

【シクラメンの歴史】

シクラメンは元々地中海沿岸、ギリシャからチュニジアにかけて原種が自生している。名前は受粉後に花茎が螺旋状に変化する性質からギリシア語のキクロス(kiklos:螺旋・円)から命名された。ただし当記事の主題のぺルシカム種、近縁のソマレンセ種では、花茎は巻かずに垂れる。古来は花ではなく、塊茎の澱粉を注目され、サポニン配糖体シクラミン(Cyclamin)を含む有毒にもかかわらず「アルプスのスミレ」などの美称があり、食用とされていた。大航海時代以後ジャガイモがもたらされると、シクラメンを食用にする習慣はなくなった。
シクラメンの花に着目して品種改良が行われたのはドイツである。シクラメンの原種の中でもシクラメン・ペルシカムに注目して、品種改良が進められた。
シクラメンに関する伝説で、草花好きだったソロモン王が王冠に何か花のデザインを取り入れようと思い様々な花と交渉するが断られ、唯一承諾してくれたシクラメンに感謝すると、シクラメンはそれまで上を向いていたのを、恥ずかしさと嬉しさのあまりにうつむいてしまった、というものがある。これは、シクラメン(カガリビバナ)が やや下向きに花をつけることが多いことに基づいた伝説であり、この花の花言葉が「内気なはにかみ」とされているのはそのことによると考えられる。
アプレイウスは著書「本草書」の中で、シクラメンを鼻に詰めると脱毛に効果があると指摘している。


【日本でのシクラメン】

鉢植えのシクラメン。日本ではシクラメンは最も生産されている鉢植え植物である。
日本には明治時代に伝わった。日本での本格的な栽培は、岐阜県恵那市の伊藤孝重の手により始まった。シクラメンは高温多湿の日本の気候に合わず、様々な栽培方法が模索された。
戦後、急速に普及し、日本での品種改良も進められ、花色も黄色や二色、フリンジ咲き、八重咲きなどが登場。日本における鉢植え植物では生産量はトップクラスで、冬の鉢植えの代表格として定着している。
「死」「苦」との語呂合わせ、花の赤色は血をイメージするなど、病院への見舞いにこの花や鉢植えを持っていく事は縁起が悪い組み合わせとされている(鉢植えは「植え」が「飢え」、「根付く」が転じて「寝付く」となる語呂合わせのため)。


【ミニシクラメン】

従来、鉢で育てる室内観賞用のシクラメンが一般的であったが、原種との交雑により、1996年(平成8年)に埼玉県児玉郡児玉町(現本庄市)の田島嶽が屋外に植栽可能な耐寒性のあるミニシクラメンの系統を選抜し、「ガーデンシクラメン」として売り出したのがこの種類のシクラメンの始まりである(ただし最初にガーデンシクラメンとして選ばれたのは、古くからミニシクラメンとして流通していた「F1ミニメイト」という品種)。この「ガーデンシクラメン」はガーデニングブームの波に乗り流行し、全国で生産が始まり、瞬く間に普及した。

【香りシクラメン】

通常、栽培種のシクラメンは全く香りがしないか、香りが薄いのが一般的である。前述のとおり栽培種のシクラメンはドイツにおいてC.persicumという種から花が大きくて綺麗なものを長年に渡り選抜していった結果、香りは注目されずに徐々に失われていったためである。これは、この種のシクラメンの香気は埃・乾燥した木材様のセスキテルペンという成分が主体であり、一般に臭いと感じる事に起因する。
なお、日本では布施明の歌『シクラメンのかほり』(小椋佳作詞・作曲)が1975年(昭和50年)にヒットしたことによってシクラメンの香気に対する期待感や要望が表れるようになった。
このため、一般の栽培種のシクラメン生産者や育種家らの手によって香りのシクラメンの育成がされてきた。これは、C. persicum種の中に僅かに含まれる香気であるシトロネロールというバラ様の香気成分が突然変異などにより比較的に多く含まれるものを選抜したものであるが、親の遺伝によって香りが良くないとされるセスキテルペンの香気成分も無くならない事が多いため、基本的な香り成分の種類には差が少なく芳香なシクラメンの作成は困難であった。

このようななか、1996年(平成8年)に埼玉県農林総合研究センター園芸支所(現園芸研究所)がバイオテクノロジーを用いて、栽培種であるC.persicum種と芳香を有する野生種であるC.purpurascens種との種間交雑[(2n=2x=48)×(2n=2x=34)=(n=41)]を行い(交配後21日の未熟胚を培養[注釈 1])、種子で増殖可能な交雑種(2n=82)の2系統の育成(胚培養で得られた個体は不稔のため、組織培養による増殖とコルヒチン処理で染色体数を増やす)に世界で初めて成功した。なお、ぺルシカム種を用いた種間交雑種はこれが初めてであるが、異種間交配種は自然交雑種も含めていくつか存在する。

C.purpurascensの原種は、花は小さく質素であるが、バラ様の香気成分であるシトロネロールやシナミルアルコールというヒアシンス様の香気成分、スズラン様の香気成分を発する種である。
この種間交雑により、花や株は一般の園芸種のように大きく、香りはこの野生種の芳香が大きな花から多く発せられる、いわゆる「芳香シクラメン」が誕生することとなり、従来の園芸種とは全く違うバラとヒアシンスを合わせたような香気を持つ栽培用シクラメンが一般に流通するに至った。

現在、埼玉県がこの芳香シクラメンについて花色の違う3品種の育成を行い、「孤高の香り」(紫) 「麗しの香り」(ピンク)の2品種を種苗登録するとともに「香りの舞い」(濃紫)の1品種を出願している。
その後これら第一世代の品種を組織培養し、イオンビーム照射でDNAに変異を起こさせることで、親品種と花色の異なる「天女の舞」(サーモンピンク・麗しの香りの変異) 「絹の舞」(白・孤高の香りの変異)「みやびの舞」(赤紫・香りの舞いの変異)が生み出された。

このことにより、これまで花の“色”と“形”しか品種の違いがなかったシクラメンに“香り”という新たなアイテムが加えられ、消費者の選択肢が広がった。


【原種シクラメン】

これまでの園芸用のシクラメンはC.persicumという一種から改良された品種であった。しかし、ガーデンニング人気の高まりとともに、野趣の富む「原種シクラメン」にも注目が集まり、園芸種の原種のほか、別の種に属する野生種が一部の収集家によって栽培されている。特に、C.hederifoliumやC.coumなどの種は流通量が多く購入しやすい。
なお、これら野生種の多くはヨーロッパ原産であるが、現在は条約により輸入できなくなっている。


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<転載、以上>