モウソウチクという植物の基本情報、概要をご紹介します。

<Wikipediaより転載>

モウソウチク(孟宗竹)はアジアの温暖湿潤地域に分布する竹の一種である。種名は冬に母の為に寒中筍を掘り採った三国時代の人物、孟宗に因む。別名江南竹、ワセ竹、モウソウダケ。

日本のタケ類の中で最大で、高さ25mに達するものもある。葉の長さは4〜8cmで、竹の大きさの割には小さい。枝先に8枚ほどまで付き、裏面基部にはわずかに毛がある。春に黄葉して新しい葉に入れ替わる。竹の幹は生長を終えると、木と同様に太くなっていくことがない代わりに、枝が毎年枝分かれしながら先へ伸びる。木での年輪の代わりにこの節数を数えるとその竹の年齢を判定できる。年を経ると稈の枝分かれ数が多くなり、葉が増えた結果、稈の頭が下がる。67年に1度花が咲くとされるが、この事を証明する記録はわずか2回しかない。

<植物の名称>
イネ科 Poaceae
タケ亜科 Bambusoideae
マダケ属 Phyllostachys
モウソウチク(種) P. heterocycla
●学名:Phyllostachys heterocycla f. pubescens
●英名:Moso Bamboo
●和名:モウソウチク(孟宗竹)

<日本への移入>
中国江南地方原産で日本では栽培により北海道函館以南に広く分布する。801年(延暦20年)、京都府長岡京市の海印寺、寂照院の開山・道雄上人が唐から持ち帰った、また1228年(安貞2年)に曹洞宗の開祖・道元禅師が宋から持ち帰った、など諸説あるが全国へ広まったのは薩摩藩による琉球王国経由の移入によってと考えられている。「南聘紀考 下」によると元文元年3月に島津吉貴が、琉球在番として琉球行きを命じられた物頭野村勘兵衛良昌に孟宗竹を輸入するように命じ、勘兵衛は琉球滞在中に清より輸入し、元文3年に帰国すると吉貴のいる仙巌園(現在は、鹿児島市磯庭園)に孟宗竹を献上したという。植栽された竹林は、戦後の里山管理の衰退に伴い、放置されていたり逸出していたりして、生育域は拡大する傾向にある。

<参考文献>

「石川の竹」 八尾弥太郎著、北国出版社、1975年
「図説 実用樹木学」(ISBN 4254470215) 橋詰隼人、中田銀佐久、新里孝和、染郷正孝、滝川貞夫、内川悦三著、朝倉書店、1993年刊行

<転載以上>

湯浅氏のモウソウチクの来歴でも大体同様のことが述べられています。花については、別なカテゴリーでご紹介します。