トップ  >  桜草花名、命名研究  >  桜草名寄控・江戸末期  >  「龍(竜)」という表現 その2:竜田(龍田、立田)の意味するもの
「竜田」という名称
は、古くは、古事記、万葉、奈良時代から、歌に詠まれた地として知られています。

その代表的な地名が、「竜田山」です。
竜田山は、生駒山地の最南端で、信貴山の南に連なる大和川北岸の山々の総称です。竜田川(竜田山から流れる川として呼ばれたともいわれます)流域にあって紅葉が美しく、万葉集に数多く詠まれた山です。その数は、15首にもなります。現在は、竜田山という地名が存在していませんが、大阪府南部(河内国)と奈良県(大和国)の境に近い、奈良県生駒郡の西方に比定されています。
現在あるのは、竜田神社、竜田川、竜田道などで、紅葉の名所として、竜田川は、その後、古今和歌集や後拾遺和歌集にも詠まれています。

百人一首に登場する以下の2首は、有名です。

ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
(古今和歌集 在原業平)
嵐吹く三室の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり
(後拾遺和歌集 能因法師)

現在、竜田川は、は、大和川水系の支流で奈良県を流れる一級河川で、上流を生駒川(いこまがわ)、中流を平群川(へぐりがわ)とも称します。奈良県生駒市の生駒山(いこまやま、標高642m)東麓を源として南流。生駒郡斑鳩町で大和川に合流する川です。ただ、この歌が歌われた当時の竜田川は現在の竜田川(平群川)ではなく、大和川本流を指しているというのが定説です。

後の時代に紅葉の名所として、竜田川を観光地としてクローズアップしたために、地元が現在の平群川を竜田川と称したため、いつのまにか平群川が竜田川ということになってしまったようです。
ただ、この周辺が紅葉の名所であることに変わりはありません。

結論からいうと、紅葉の色彩、赤、または赤の混じった紅葉の模様がこの竜田川、竜田という表現につながっていることがわかります。
竜田姫、竜田川という命名には、こうした紅葉の色合いや、紅葉の赤の混じったの美しさを意味していると考えられます。もちろん、地名として、この地の産物に命名される場合もありますが、桜草の場合は、色合いがその命名の源であると考えられます。

【参考】
龍田神社も、紅葉の名所としても有名です。摂社・龍田比古龍田比売神社の祭神である龍田姫は秋の女神とされ、古来より多くの歌に詠まれてきました。

「龍田姫手向くる神のあればこそ 秋の木の葉の幣(ぬさ)と散るらめ」
「兼覧王」(かねみのおおきみ)

また、五行説では西は秋に通じ、また平城京の西に位置する竜田山は古くから紅葉の名所として有名だったため、その山の美しさから秋の女神が住むと信じられてきたのです。
さらに、「竜」が「裁つ」に音が似ているため裁縫の神としても信仰されているようです。また竜田山を彩る紅葉の美しさから、紅葉を赤く染める女神として染色が得意な女神といわれています。
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