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【文化的美意識とは?】

原色で、艶のある色彩の花を虫が本能的に花を好むように人間も本能的に美しいと感じるものでしょうか?
最近の花屋の店頭にある菊以外の切り花や鉢花がほとんど艶やかな西洋花となっているような現実を考えると「そうなのかも」と感じる人がいるかもしれません。西洋文化の花はだいたいにして、こうした本能的な美意識に沿っているようです。しかし、日本の場合は必ずしもそうでなく、結婚式などで豪華な色彩の花を見る一方で可憐な小さな花を美しいと感じるということも多いようです。
日本の風土や文化に影響を受けて、「文化的な美意識」がこうした花への指向を生みだしています。


「花と木の文化史」で中尾氏は、こうした「文化的な美意識」のわかりやすい例をヒマラヤの花文化を取り上げ、紹介しています。
<以下、転載部>

ヒマラヤの中腹以上には、非常に多種のシャクナゲ類があり、早春の頃に群がって咲く光景に出合うと、花にほとんど関心をもったことのない人でも、その美観に心打たれるものである。



ところが、その地に住んでいる人たちは、その花に対して驚くばかり無関心である。
話をしてみると、シャクナゲの花は美しいというし、その個別の種類の名前もかなりよく記憶している。

ある種類は、木が堅く、木の椀をつくるのによく、別のものはその葉が煙草を巻く紙の代用として具合がよいなどという。また、シャクナゲ類の花の蜜は有毒のものが多く、蜜蜂の集めた蜜を食べると中毒するものがあるが、この種類の蜜は無毒であるなどと教えてくれる。

ところが花の大きさや色を問うと、はっきりせず、赤、白、桃色などいろいろあるとあいまいな答えが返ってくる。
ましてや野生のシャクナゲを庭木に植えることなど絶無である。要するに花そのものはほとんど問題でないのである。
その上、彼らはシャクナゲの木をなくしたいのである。
それは理由のあることで、シャクナゲの葉は有毒で、ヤクなど家畜の放牧場では家畜が食べないので茎葉が繁茂して、牧草の邪魔になるからである。


こうした人たちの寺院や、やや大きな家に入ると、ときたま花の鉢植えもあることがある。古い土器の中に土を入れ、植えてあるのが「コスモス」や「マリーゴールド」である。
なんだかがっかりする光景である。
これはどちらもメキシコ原産のありふれた花で、今は世界中で見られる。しかし、これらの花はヒマラヤ山中より遥かに遠い地域の文明の高い地方の花で、彼らにとっては、あこがれの異境の文化、文明の香りがするという、彼らの文化的な美学によって、美しいとなるのである。


<転載、以上>

日本の江戸時代に大流行した「古典園芸植物」も小型で華麗さを欠き、国際的にはほとんど完全に無視されています。私の好きな日本桜草などもおなじプリムラ属の大型で色の濃い種類に押されて、海外では見向きもされないのが実際です。文化的な価値という意味では、中尾氏によるとこれらの古典園芸植物は、「花文化の最高到達点を示す」という評価になります。

「文明」と異なり、正に「文化」はその文化が育った風土や環境の中にいるものにとってのみ心地よく、評価の高いものとなるのです。

もちろん、アメリカ文化にどっぷりと浸かって、ジャズやポップカルチャーなどを心地よく感じる「日本人」がいることも実際です。

中国の花卉文化を継承し、独自に発展させてきた江戸の東洋園芸花卉センターを創りだした日本は、本質的なものでなく、異国文化のエッセンスを旨く取り入れ、独自に発展させる名人なのかもしれません。そうした文化が日本の独自性の一つとなっていることを日本人は良く認識したほうがいいように思います。

日本文化を研究、把握する上で重要な要素は、こうした「他の文化の取り入れ」=「異国趣味」ということなのではないでしょうか。



<この項目、以上>
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