【名前の由来】
ウグイスの意味は、鶯の鳴く時期と関係し、神楽は「鶯隠れ」が変化したとの説やウグイスカグラの実は甘く食べることができます。一説には、この実をウグイスがついばむ姿が神楽を踊っているように見えることからという説があります。
ウグイスガクレ(鶯が隠れる木?)が転じたとも言われています。
この和名について、研究し、述べられているサイト「別府街角ウォッチング」という個人サイトがあります。(こちらから)
以下にその解説文を転載します。
＜別府街角ウォッチングより、転載＞
ウグイスカグラの語源
鶯が繁みの陰で岩戸神楽を舞うと見立てた名前
和泉晃一０５１０１００６０３２５
ウグイスカグラは、低山や丘陵部など、いわゆる里山と呼ばれるところに自生する低木である。分布範囲は、北海道南部から本州、四国・九州までで、ほぼ日本全国におよぶ。ウグイスカグラは、われわれに馴染み深い樹だといえる。しかも、特筆すべきは、この木が日本特産だということである。
最近山歩きをしていて、ふと感ずることだが、一昔前に較べ、ウグイスカグラの自生しているところに、出会わなくなったような気がする。なんとなく、さびしい。
ところが、平地では――といっても人家の庭周りだが――この木に、しばしば出くわす。面白いことに、そのウグイスカグラを植えている家には、ある共通した事柄があるようだ――つまり、これらの家には、“お茶”や“お花”の“お師匠さん”と呼ばれる人がかならず住んでいるのである。そうでなければ、先代がお師匠さんだった、というようなことがしばしばだ。ウグイスカグラは花材に乏しい時期に咲き、“生け花”に重宝されるのだろう。お茶やお花の関係者たちが、この樹を身近に備えておきたい気持ちから、庭の植栽へ向かうものと思われる。
そんなウグイスカグラの名前の由来が、どうしたわけか、今ひとつハッキリしないのである。
「牧野新日本植物図鑑」にも
ウグイスカグラは恐らく鳥の鶯に関係あるだろうがはっきり分からない。
とある。今月はこの問題に挑戦してみたい。
1.古名ウグイスノキ
ウグイスカグラについては、「和名抄」(源順、９３１−３８)十七−四菓類の項に
漢語抄に、アウ実 ウグヒスノキノミ と云ふ。
［注］原漢文。旧仮名遣い表示。
アウ＝「櫻｣のツクリの字（木偏をとった字）で、下の｢女」を｢鳥｣に代え.た字。これをオウと読む。
とある。「和名抄」はウグイスカグラを「アウ実」、すなわち菓類（果実）として記述している。アウはウグイスの意で、鶯と同字である。
アウ実がウグイスノキノミであるというのは、先にウグイスノキという語があって、その後に、この言葉（「ウグイススノキ」ノミ）が生まれたことを意味する。「和名抄」の解説書である「箋注和名類聚鈔」(狩谷えき斎、１８２７)にも、次のような注釈が載っている。
アウ実：西宮記・射礼儀や台記・天養三年条･伊勢広本には、ウグヒスノキノミ、俗にいう阿宇之アウシ智チに作るとある。那波本は、この両訓を併記する。伊呂波字類抄には、アの部とウの部の両部に載せている。しかし、類聚名義抄には、アウ実、俗に阿宇之アウシ知チというとあるが、異本にはウグヒスノキノミとある。知本には、あるいは俗にいふ阿宇之アウシ知チとし、あるいはウグヒスノキノミとする。このように古本と広本とでは、同じでない。那波本も両訓を載せている。
アウ実について考えるのに――ウグヒスノキノミの名前をアウ実にあてるのは、この字が漢名ではないことを意味する。つまり、阿宇之アウシ智チとは、アウ実を字音で読んだものである。あるいは、これを訛って阿宇須アウス知チというのは、多武峯物語や和泉式部の歌に見える。
［注］原漢文。
アウ実にウグイスノキノミの名があるのは、この語が漢名ではないからだという。アウ実を音読みしたのがオウシチまたはオウスチ(旧仮名遣い：アウシチ・アウスチ)であるという。
なぜ本樹に「ウグイス」の名前があるのか、「箋注和名類聚鈔」の注釈からは読み取れない。
「大和本草」(貝原益軒、１７０９)に
ウクイスノ始テ啼ナク時ニ此花コノハナモサク故ニ名ツケニシヤ
とある。鶯が春を告げて鳴くころ、ウグイスカグラも花を開く。それで本樹にウグイスの名があるのだろうという。しかし、春に開花する花木は多い。本樹が特にウグイスと結び付けられる理由はなにか。
春の花に、例えばキブシやマンサク･サンシュユなどがある。これらの花の色は、なぜか黄色であり、しかも花の形状が余りにも花らしくない。これに対しウグイスカグラは、花色が紅で花型が漏斗状で、花としても極めて特徴的である。このため本樹にウグイスの名が与えられたに違いない。
鶯は厳しい冬の寒さに耐え、早春に囀りだす小鳥である。古くは、春を告げる神鳥と考えられていたようだ。「後鳥羽院御撰何曾（ナゾ）」に
宇佐も宮 熊野も同じ宮なれば 伊勢 住吉も 同じ神々
という歌がある。意味はこうだ――「宇佐・熊野・伊勢・住吉」は全国的にも有名な神社の名。この冒頭の音を繋ぎあわせると、ウ・グ・イ・スと読める。つまり、ウグイスは神様のお使いの鳥――神鳥なのである。次節で述べることになるが、このウグイスが神楽にかかわってくるのである。
2．鴬神楽説
ウグイスカグラには、普通「鶯神楽」の漢字が当てられる。この名前がウグイスカグラの語源を示唆している。それで、これを素直に解釈すればよいのである。
この場合、ひとつだけ押さえておかなければならないポイントがある。すなわち、ウグイスカグラの『カグラ』は『岩戸神楽』であるということ。天照大神が岩戸隠れしたときとき、岩戸の前で奏したというのが『岩戸神楽』である。――それで、「鶯神楽」は次のように解される。
ウグイスカグラとは、早春、春告げ鳥である鶯が本樹の木陰に飛んできて、枝から枝へ飛び跳ねながら古式ゆかしい岩戸神楽を舞っている、と見立てて命名された名前である。
春ともなると、どこからともなく、鶯の美しい声が聞こえてくる。だが、鴬は小枝の茂る繁みの影に隠れて鳴いているのだろうか、声は聞こえてくるものの、肝心の『岩戸神楽』を舞う鶯の姿は一向に見当たらない。岩戸隠れのときに奏する神楽だから、鳴り物の音は聞こえても、神楽を舞う巫女の姿が暗くて見えないのも当たり前なのだろう。
誰が名付けたか知らないが、ウグイスカグラとは、しゃれた名前をつけたものである。
岩戸神楽は、いうまでもなく記紀神話に起源する。「古事記」は次のように記述している。
故かれここに天あま照てらす大御神おおみかみ見み畏かしこみて、天あまの石屋いはや戸とを開きてさし籠こもりましき。ここに高天たかまの原はら暗く、葦原あしはら中国なかつくにことごとに闇くらし。これによりて常夜往とこよゆきき。ここに萬よろずの神の声は、さ蠅ばえなす満ち、萬の妖わざはひことごとに発おこりき。<中略>
天児屋あめめのこやねの命みこと、太ふと詔のり戸と言ごとほき白まをして、天手あめのた力男ぢからを神のかみ、戸のわきに隠かくり立ちて、天宇受売あめのうづめの命みこと、天あまの香山かぐやまの天あまの日影ひかげを手た次すきにかけて、天てんの真拆まさきを鬘かづらとして、天あまの香山かぐやまの小竹葉ささばを手草に結ひて、天あまの石屋いはや戸とに槽うけ伏ふせて<蹈ふみ轟とどろきこし、神懸かむかかりして、胸乳むなちをかき出で裳も緒ひもを陰ほとに押し垂れき。
アマテラスは日神である。だから、日神が天あまの石屋いはや戸とに引きこもると、あたりは真っ暗になる。その暗闇のなかでアメノウヅメが神がかりし神楽を舞う。これが岩戸神楽の原型である。
暗がりのなかで桶を踏み鳴らし神楽を舞うアメノウヅメの所作が、歌舞伎狂言ダンマリの演出を生み、さらに、これがウグイスカグラの名前の起源となるのである。このことについては節をあらため検討したい。
3.歌舞伎狂言ダンマリ
われわれは、ウグイスカグラが『鴬神楽』であることを見てきたが、本樹の古名はウグイスノキであった。それが、どうしてウグイスカグラへ変わったのだろうか。
「日本植物方言集成」（八坂書房）は、全国的な規模で植物方言を収集･収録した大部な書物である。奇妙なことに、その大方言集にも『鴬神楽』を思わせるような方言がどこにも見当たらないのだ。単にウグイスという方言はあっても、それに「カグラ」が付くものがないのだ。つまり、方言のうえで見るかぎり｢カグラ｣は、きわめて疑わしい存在である。この意味から、「牧野新日本植物図鑑」がウグイスカグラの語源を不詳としたわけも理解することができる。この疑惑の間隙をぬって、『カグラ』をめぐる、さまざまな語源説が現れてくることになるが、これについては後節で説明する。
ウグイスカグラの名前をめぐる疑惑をはらすには、若干の歌舞伎の知識が必要とされる。少し回り道になるが、歌舞伎の“はなし”から始めたい。
歌舞伎狂言にダンマリという演出方法がある。ダンマリとは、「黙る」の促音化した語、無言･沈黙の意。ダンマリの用語に、「暗闘」、あるいは「暗挑・暗争」の漢字が充てられる。「暗」は舞台の暗いこと、「闘・挑・争」は、それぞれ、たたかう・いどむ・あらそうの意。舞台を暗くしたなかで、役者同士が無言で争い合うような仕草をすること。歌舞伎狂言では、暗闇の中で役者同士が黙って探りあい、または大仰に見得をきる場面などをダンマリと呼んでいる。
ダンマリの様式が完成したのが安永年間(１７７２−８１)で、ダンマリという用語が定着したのが文化年間(１８０４−１８)だとされる。のちに述べることになるが、ウグイスカグラの『カグラ』は、歌舞伎のダンマリに関連して生まれた語である。ということは、ウグイスカグラという植物名は、ダンマリの所作事の成立とともに生まれた“ことば”であり、江戸時代も末期に作られた造語だと考えられる。
上記の推論に間違いがないのは、ウグイスカグラの呼び名の変遷をたどることで証明することができる。
ダンマリの様式が完成した安永年間に、「物類称呼」(越谷吾山、１７７５)が上梓された。この本では、ウグイスカグラを「ウグイスノキ」と呼んでいる。ダンマリの用語が定着したとされる文化年間の後、幕末に刊行の「草木図説」（飯沼慾斎、1856）では、これがウグイスカグラに変わっている。ウグイスカグラの初出である。したがって、この用語は飯沼慾斎の創案にかかるものとみて間違いない。（｢草木図説｣の「草部」２０巻は安政３年(１８５６)に刊行されたものの、「木部」１０巻は未刊に終わっている）。
話をダンマリへ戻す。
初期のころのダンマリは、山賊・六部・巡礼・丑の時参りといった異様な扮装をした登場人物が、暗く無気味な舞台のなかで、手探りしながら宝物などを奪い合うといった場面が多い。このダンマリ・シーンでの出来事が、その後の事件の発端となってゆく。宝物を奪い合った人物の関係などが、場面の展開につれて、しだいに解きほぐされていく。これをダンマリ・ホドキという。暗闇で物を探りあう場面は、闇試合などと呼ばれ、すでに元禄歌舞伎のころからあったが、当時は諧謔の要素が強いものであったといわれている。
ダンマリの手法は、歌舞伎の顔見世狂言にも取り入れられる。年度はじめの歌舞伎興業のことを顔見世といい、これに座頭級の役者が勢ぞろいする。歌舞伎界の大物役者が一堂に会するのも面白かろうという、単純な発想から生まれたものという。それまでは、ツラネと呼ばれる出会いのシーンで、長々とセリフを言い合ったり、あるいは荒事アラゴト風の力比べをしたり、どちらかといえば健康的であったものが、安永年間の緊迫した世相（田沼時代。ロシヤ船来航､海防問題。）を反映して、ダンマリのような無気味な演出を生み出したものと思われる。扮装は奇抜を極め、かつ役者の個性を活かしたものが選ばれる。鳴り物も神楽など、凄みをきかしてゆっくり演奏して、役者も大間に所作するという独特の様式ができあがっていった。
さて、このダンマリで演奏された鳴り物が歌舞伎狂言では「岩戸神楽」と呼ばれる。鳴り物は、三味線を除いた太鼓・笛・鉦が奏せられ、荒事アラゴト の出端デバナや立ち回り・忍びのものなどに用いられる。
この鳴り物・岩戸神楽は、通常、太鼓のドンドロドロ・・・という音で始まりこれを、俗にドンドロと呼びならわす。面白いことに、植物ウグイスカグラの方言に、ドンドロというのが三重(亀山)にある。これは言うまでもなく、ダンマリで奏される「岩戸神楽」の効果音である。方言では「神楽」のことを、鳴り物の擬音「ドンドロ」で呼んでいたのだ。「カグラ」すなわち「ウグイスカグラ」の方言が見当たらなかったのも当然である。ウグイスカグラは、名前を変え、誕生していたのである。
ウグイスカグラの方言は、ドンドロだけに止まらない。同じ三重県の鈴鹿地方から、「ドンドログミ」と「ドンドイチゴ」という方言が採取されている。これはあきらかにウグイスカグラの赤熟した果実を意識した名前である（ドンドイチゴのドンドは、ドンドロの略と、ドンド焼きのドンドとを兼ねたものだろう）。
太鼓の鳴り物のドンドロに笛が加わり、ヒュードロドロドロ・・・となると、これは歌舞伎で幽霊が舞台に登場する場面の効果音である。
神奈川(津久井)に、ゴリョウゲ・ゴリョーゲという方言がある。ゴリョウゲは漢字で「御霊気」と書き、幽霊、または怨霊、化け物を意味する。これを「御霊(ゴリョウ)」ということもある。恨みを残し、非業の最期をとげた人の怨霊をいう。京都の祇園御霊会（ギオンゴリョウエ）が有名。
このゴリョウゲの訛ったものみられる方言に、ゴリョーガイ（埼玉(秩父・入間)・神奈川（中久井））やゴロゲ（神奈川(東丹沢)）というのがある。これら一連のゴリョウゲも、鳴り物の「ヒュードロ」、すなわち「幽霊」に関係したウグイスカグラの方言とみられる。
ダンマリの舞台の「暗闇」を意識した方言もある。カラスグミがそれで、ダンマリ･シーンの暗いのを「烏」の黒で表わしている。これを、ウグイスカグラの実が赤いのに黒では矛盾するなどと考えてはいけない。
大分（湯布院）にオバンチという方言が収録されている。この意味はハッキリしないが、おそらくオバンイチゴ（お晩苺）の詰った“ことば”で、上のカラスグミ（烏−）と同義でないかと思われる。
ウグイスカグラの方言に、東京・和歌山・福岡方面でウグイスというのが採取されている。
これはウグイスカグラの名前の古形を留めたものと考えられる。古くは、この木をウグイスノキと呼んでいたからである。
ウグイス系の方言で注目すべきものに、岐阜・千葉・三重方面にウグイスグミというのがある。福井地方では、これをウグイスジョウゴと呼んでいる(上戸は酒飲みの意で、赤い果実を酔ッパライの顔に見立てた語)。夏、一年生の徒長枝に細長い果柄をたらし、透き通る紅色の果実を付ける。熟すと甘く、子供が好んで食べる。
4.ウグイスカグラ方言考
ウグイスカグラの方言は、大別すると次の3つに分類される。
（１）岩戸神楽に関するもの
（２）古名･鴬に関するもの
（３）果実に関するもの
（１）の「岩戸神楽」系には、Ａアマテラスの「岩戸隠れ」と、Ｂ「ダンマリの鳴り物」に関するものがある。
Ａは次節に関係するので、第５節へ説明をゆずる。Ｂについては前節で述べた。
（２）の「古名ウグイスノキ」系の方言は、（3）の「果実」系のものと混在するので、特に古名に関係するものを取り出し、この項で説明する――
単に、ウグイスと呼ぶのは和歌山（有田）･福岡（粕屋）である。また、ウグイスカグラはラッパ型の花をつける。その特徴ある花型に基づく名前に、ウグイスツツジ（三重（北牟婁））とか、ウグイスバナ（三重（多気））というのがある。
小鳥の名がある方言に、スズメグミ（千葉（夷隅･大多喜））･スズメイチゴ（奈良（吉野））、あるいはスズメゴミ（三重（一志））というのがある。これは一見したところ小鳥の「雀」を意味するように見えるが、もともとは、そうではなかっただろう。これはスズミグミ（千葉（長生））の転化したもので、長い花柄の先に二つずつ垂れ下がる、「鈴（スズ）のような格好をした果実（ミ）」というのが原義であろう。垂れた果実を神楽鈴に見立てたもの。
（３）の「果実」系の方言は、その数が一番多い。そのうち、古くからあり、特徴的な方言にコシキというのがある。江戸時代、諸国の方言を収集し考証した書「物類称呼」(越谷吾山、１７７５)にも、コシキが載る。
吉キツ利リ木キ樹うぐひすのき伊賀にてこしきと云。
［注］吉利木樹をウグイスノキとするのは誤り。
コシキ（甑）は、米などの蒸し器のこと。楕円形の甕型の道具で、底に湯気を通す穴が開く。弥生時代に始まり、素焼きの土器であったものが奈良時代以降、木製に変わる。現在は、底に竹のスノコを敷いた方形に変わり、セイロウと呼ばれる。江戸時代にはウグイスカグラは、ラグビー･ボールのような果実の形から、コシキと呼ばれていたようだ。現在でも、三重県にコシキ、あるいはコシキグミの方言が残る。また、同地方では、これが訛ってコジキグミ(乞食茱萸)とも呼んでいる。
「大漢和辞典」（諸橋轍次、大修館書店）に、『アウ』を説明して
黄アウは、ちょうせんうぐいす。黄鳥。
と記す。日本のウグイスに較べて、朝鮮のウグイスは羽が美しく奇麗だという。それで江戸では、ウグイスノキを「チョーセングミ」と呼んでいた、と記録に残る(「物類称呼」)。
中部地方を境とし日本列島の北と南で、ウグイスカグラの果実の呼び名が異なっている。中部から東北にかけては、この果実をグミと呼ぶ（グミー長野・東京・青森・岩手。アズキグミ−埼玉。フーリングミ−千葉。ホータルグミ−静岡。ヤマグミ−岩手）。中部より南では、これをイチゴと呼ぶ（サガリマメイチゴ−香川。トリイチゴ−島根・三重・山口。ヒヨドリイッゴ−鹿児島。マメイチゴ−岡山、廣島)。方言の分布が南北に分かれ、地域的に見事な対照を成しているのも面白い。
[b][size=medium]5．「鶯隠がくれ説」と「鶯狩りか座くら説」
ウグイスカグラの語源については、ウグイスが小鳥の「鶯」であることに異論はないものの、カグラの解釈で意見が大きく異なっている。
「植物名の由来」(中村浩、東京書籍)では、ウグイスカグラの古名に語源の手掛かりを求め、次のような「鶯隠れ」説を展開する。
数多い古名のうち、わたしの注意をひいたのはウグイスガクレという名であった。ウグイスがクレという名は、この木の幹に小枝が多くしげり、ウグイスが隠れるのにつごうがよいので“鶯が隠れる木”という意味でこの名がつけられたものであろう。
わたしの山荘では、春から初夏にかけて鶯がよく鳴くが、いつもその姿を見ることはできない。おそらくこうした低木の木陰に身をひそめて鳴いているのであろう。
このウグイスガクレが、いつしかウグイスカグラに変転したものと思われる。ガクレがカグラになることは決して不自然ではない。
もう一つウグイスカズラという古名もあるが、この名もウグイスがクレの転訛した名であろう。しかしこの木は蔓にならないので、カズラという名は適当でない。
もう一つ、この木には甘い実がなるので、鶯にとっては、単なる隠れ家だけではなく、餌のなる木でもあるのであろう。
「春から初夏にかけて鶯が鳴くが、いつもその姿を見ることができない」ことから、「鶯隠れ」をウグイスカグラの語源とみたのは、正解への方向としては間違ってない。ただ、残念なことに、『鶯隠れ』がアマテラスの『岩戸隠れ＝岩戸神楽』に関連していることに気付いていない。画竜点睛を欠くというべきであろう。
文中、古名ウグイスカズラについて、この木がツルでもないのに、カズラというのは誤りである、と指摘している。確かに、この指摘は植物学的には間違ってはいない。しかし、「蔓」はツルとも読むが、カズラとも読む。古名のウグイスカズラというのは「岩戸隠れの舞」、すなわち岩戸神楽に関するものである。言い換えれば、神楽を舞うとき頭にかぶるのがカズラ(髪飾り)であって、植物学的なツルをいっているではない。ウグイスカズラとは、ウグイスがカズラを被って神楽を舞うさまを現す“ことば”なのである。鶯隠れ説が『岩戸神楽』を全く考慮していないことによる、誤った指摘といえよう。
「植物和名の語源研究」（深津正､八坂書房）は、上記の「鶯隠れ説」などを紹介しつつ、自説の「鶯狩りか座くら説」につき次のように主張する。
私はこれらの説とは別の考えを持っている。すなわち、ウグイスカグラは、「ウグイスかくら(狩座)」の転じたものではないかという解釈である。「かくら」は、狩をする場所、つまり「狩りか座くら」の訛ったものである。
この木には、花のころに限らず、実のなるころにもいろいろな小鳥が寄ってくる。ウグイスジョウゴの異名もあるくらいだから、とくにウグイスがこれを好んだらしい。だから、もち竿や網を使ってウグイスを捕らえるには、この木はもってこいの場所になる。したがって、猟場を意味する『かくら』の語を添えウグイスカクラと称したのが、転じてウグイスカグラとなったのではないだろうか。このように考えると、この木の別の方言名であるゴリョウゲも「御猟木」と解され、つじつまが合うような気がする。
ウグイスカグラは鶯カクラ(狩座)の転だという。「カクラ」は猟場、狩場の意。この木は、花ばかりか実もなり、多くの小鳥が集まり、ことに鶯を捕まえるのに格好の場所とされるところから、この木がウグイスカクラと呼ばれ、それが転じてウグイスカグラになったという。
この「鴬かくら説」は説得力があり、かなりの支持を集めているようだが、この主張には、次に述べるような無理がある――
�．Ε哀ぅ好�グラの木陰が「鴬の猟場」と見なされていること。
一般に狩猟という場合は、鷹を放ち、弓矢を用いて獣を狩ることをいう。たかだか鴬一匹をトリモチなどで捕まえるのを、ふつう「狩猟」あるいは｢狩り｣とは言わないし、灌木であるウグイスカグラの木陰を「猟場」とも呼ばない。
�▲Ε哀ぅ好�グラの方言「ゴリョウゲ(御霊気)」を「ゴリョウギ(御猟木)」の意に解していること。
ゴリョウゲ(御霊気)は、既に世間で定着した成語である。リョウゲは、いわゆるモノノケのこと。幽霊とか、怨霊といった化け物をいう。そのリョウゲ(御霊気)にゴ（御）のついた“ことば”である。これをゴリョウギ（御猟木）の意とし、強いて「猟」に関連付けるのは付会といわざるをえない。
ウグイスカグラは、かわいい花が咲き、美しい実がなる、普通の木である。したがって、その名前の由来も、字面どおりに「鴬神楽」と素直に受け取ればよかったのである。
(和泉 晃一)
＜転載、以上＞
＜この項、続く＞
ウグイスの意味は、鶯の鳴く時期と関係し、神楽は「鶯隠れ」が変化したとの説やウグイスカグラの実は甘く食べることができます。一説には、この実をウグイスがついばむ姿が神楽を踊っているように見えることからという説があります。
ウグイスガクレ(鶯が隠れる木?)が転じたとも言われています。
この和名について、研究し、述べられているサイト「別府街角ウォッチング」という個人サイトがあります。(こちらから)
以下にその解説文を転載します。
＜別府街角ウォッチングより、転載＞
ウグイスカグラの語源
鶯が繁みの陰で岩戸神楽を舞うと見立てた名前
和泉晃一０５１０１００６０３２５
ウグイスカグラは、低山や丘陵部など、いわゆる里山と呼ばれるところに自生する低木である。分布範囲は、北海道南部から本州、四国・九州までで、ほぼ日本全国におよぶ。ウグイスカグラは、われわれに馴染み深い樹だといえる。しかも、特筆すべきは、この木が日本特産だということである。
最近山歩きをしていて、ふと感ずることだが、一昔前に較べ、ウグイスカグラの自生しているところに、出会わなくなったような気がする。なんとなく、さびしい。
ところが、平地では――といっても人家の庭周りだが――この木に、しばしば出くわす。面白いことに、そのウグイスカグラを植えている家には、ある共通した事柄があるようだ――つまり、これらの家には、“お茶”や“お花”の“お師匠さん”と呼ばれる人がかならず住んでいるのである。そうでなければ、先代がお師匠さんだった、というようなことがしばしばだ。ウグイスカグラは花材に乏しい時期に咲き、“生け花”に重宝されるのだろう。お茶やお花の関係者たちが、この樹を身近に備えておきたい気持ちから、庭の植栽へ向かうものと思われる。
そんなウグイスカグラの名前の由来が、どうしたわけか、今ひとつハッキリしないのである。
「牧野新日本植物図鑑」にも
ウグイスカグラは恐らく鳥の鶯に関係あるだろうがはっきり分からない。
とある。今月はこの問題に挑戦してみたい。
1.古名ウグイスノキ
ウグイスカグラについては、「和名抄」(源順、９３１−３８)十七−四菓類の項に
漢語抄に、アウ実 ウグヒスノキノミ と云ふ。
［注］原漢文。旧仮名遣い表示。
アウ＝「櫻｣のツクリの字（木偏をとった字）で、下の｢女」を｢鳥｣に代え.た字。これをオウと読む。
とある。「和名抄」はウグイスカグラを「アウ実」、すなわち菓類（果実）として記述している。アウはウグイスの意で、鶯と同字である。
アウ実がウグイスノキノミであるというのは、先にウグイスノキという語があって、その後に、この言葉（「ウグイススノキ」ノミ）が生まれたことを意味する。「和名抄」の解説書である「箋注和名類聚鈔」(狩谷えき斎、１８２７)にも、次のような注釈が載っている。
アウ実：西宮記・射礼儀や台記・天養三年条･伊勢広本には、ウグヒスノキノミ、俗にいう阿宇之アウシ智チに作るとある。那波本は、この両訓を併記する。伊呂波字類抄には、アの部とウの部の両部に載せている。しかし、類聚名義抄には、アウ実、俗に阿宇之アウシ知チというとあるが、異本にはウグヒスノキノミとある。知本には、あるいは俗にいふ阿宇之アウシ知チとし、あるいはウグヒスノキノミとする。このように古本と広本とでは、同じでない。那波本も両訓を載せている。
アウ実について考えるのに――ウグヒスノキノミの名前をアウ実にあてるのは、この字が漢名ではないことを意味する。つまり、阿宇之アウシ智チとは、アウ実を字音で読んだものである。あるいは、これを訛って阿宇須アウス知チというのは、多武峯物語や和泉式部の歌に見える。
［注］原漢文。
アウ実にウグイスノキノミの名があるのは、この語が漢名ではないからだという。アウ実を音読みしたのがオウシチまたはオウスチ(旧仮名遣い：アウシチ・アウスチ)であるという。
なぜ本樹に「ウグイス」の名前があるのか、「箋注和名類聚鈔」の注釈からは読み取れない。
「大和本草」(貝原益軒、１７０９)に
ウクイスノ始テ啼ナク時ニ此花コノハナモサク故ニ名ツケニシヤ
とある。鶯が春を告げて鳴くころ、ウグイスカグラも花を開く。それで本樹にウグイスの名があるのだろうという。しかし、春に開花する花木は多い。本樹が特にウグイスと結び付けられる理由はなにか。
春の花に、例えばキブシやマンサク･サンシュユなどがある。これらの花の色は、なぜか黄色であり、しかも花の形状が余りにも花らしくない。これに対しウグイスカグラは、花色が紅で花型が漏斗状で、花としても極めて特徴的である。このため本樹にウグイスの名が与えられたに違いない。
鶯は厳しい冬の寒さに耐え、早春に囀りだす小鳥である。古くは、春を告げる神鳥と考えられていたようだ。「後鳥羽院御撰何曾（ナゾ）」に
宇佐も宮 熊野も同じ宮なれば 伊勢 住吉も 同じ神々
という歌がある。意味はこうだ――「宇佐・熊野・伊勢・住吉」は全国的にも有名な神社の名。この冒頭の音を繋ぎあわせると、ウ・グ・イ・スと読める。つまり、ウグイスは神様のお使いの鳥――神鳥なのである。次節で述べることになるが、このウグイスが神楽にかかわってくるのである。
2．鴬神楽説
ウグイスカグラには、普通「鶯神楽」の漢字が当てられる。この名前がウグイスカグラの語源を示唆している。それで、これを素直に解釈すればよいのである。
この場合、ひとつだけ押さえておかなければならないポイントがある。すなわち、ウグイスカグラの『カグラ』は『岩戸神楽』であるということ。天照大神が岩戸隠れしたときとき、岩戸の前で奏したというのが『岩戸神楽』である。――それで、「鶯神楽」は次のように解される。
ウグイスカグラとは、早春、春告げ鳥である鶯が本樹の木陰に飛んできて、枝から枝へ飛び跳ねながら古式ゆかしい岩戸神楽を舞っている、と見立てて命名された名前である。
春ともなると、どこからともなく、鶯の美しい声が聞こえてくる。だが、鴬は小枝の茂る繁みの影に隠れて鳴いているのだろうか、声は聞こえてくるものの、肝心の『岩戸神楽』を舞う鶯の姿は一向に見当たらない。岩戸隠れのときに奏する神楽だから、鳴り物の音は聞こえても、神楽を舞う巫女の姿が暗くて見えないのも当たり前なのだろう。
誰が名付けたか知らないが、ウグイスカグラとは、しゃれた名前をつけたものである。
岩戸神楽は、いうまでもなく記紀神話に起源する。「古事記」は次のように記述している。
故かれここに天あま照てらす大御神おおみかみ見み畏かしこみて、天あまの石屋いはや戸とを開きてさし籠こもりましき。ここに高天たかまの原はら暗く、葦原あしはら中国なかつくにことごとに闇くらし。これによりて常夜往とこよゆきき。ここに萬よろずの神の声は、さ蠅ばえなす満ち、萬の妖わざはひことごとに発おこりき。<中略>
天児屋あめめのこやねの命みこと、太ふと詔のり戸と言ごとほき白まをして、天手あめのた力男ぢからを神のかみ、戸のわきに隠かくり立ちて、天宇受売あめのうづめの命みこと、天あまの香山かぐやまの天あまの日影ひかげを手た次すきにかけて、天てんの真拆まさきを鬘かづらとして、天あまの香山かぐやまの小竹葉ささばを手草に結ひて、天あまの石屋いはや戸とに槽うけ伏ふせて<蹈ふみ轟とどろきこし、神懸かむかかりして、胸乳むなちをかき出で裳も緒ひもを陰ほとに押し垂れき。
アマテラスは日神である。だから、日神が天あまの石屋いはや戸とに引きこもると、あたりは真っ暗になる。その暗闇のなかでアメノウヅメが神がかりし神楽を舞う。これが岩戸神楽の原型である。
暗がりのなかで桶を踏み鳴らし神楽を舞うアメノウヅメの所作が、歌舞伎狂言ダンマリの演出を生み、さらに、これがウグイスカグラの名前の起源となるのである。このことについては節をあらため検討したい。
3.歌舞伎狂言ダンマリ
われわれは、ウグイスカグラが『鴬神楽』であることを見てきたが、本樹の古名はウグイスノキであった。それが、どうしてウグイスカグラへ変わったのだろうか。
「日本植物方言集成」（八坂書房）は、全国的な規模で植物方言を収集･収録した大部な書物である。奇妙なことに、その大方言集にも『鴬神楽』を思わせるような方言がどこにも見当たらないのだ。単にウグイスという方言はあっても、それに「カグラ」が付くものがないのだ。つまり、方言のうえで見るかぎり｢カグラ｣は、きわめて疑わしい存在である。この意味から、「牧野新日本植物図鑑」がウグイスカグラの語源を不詳としたわけも理解することができる。この疑惑の間隙をぬって、『カグラ』をめぐる、さまざまな語源説が現れてくることになるが、これについては後節で説明する。
ウグイスカグラの名前をめぐる疑惑をはらすには、若干の歌舞伎の知識が必要とされる。少し回り道になるが、歌舞伎の“はなし”から始めたい。
歌舞伎狂言にダンマリという演出方法がある。ダンマリとは、「黙る」の促音化した語、無言･沈黙の意。ダンマリの用語に、「暗闘」、あるいは「暗挑・暗争」の漢字が充てられる。「暗」は舞台の暗いこと、「闘・挑・争」は、それぞれ、たたかう・いどむ・あらそうの意。舞台を暗くしたなかで、役者同士が無言で争い合うような仕草をすること。歌舞伎狂言では、暗闇の中で役者同士が黙って探りあい、または大仰に見得をきる場面などをダンマリと呼んでいる。
ダンマリの様式が完成したのが安永年間(１７７２−８１)で、ダンマリという用語が定着したのが文化年間(１８０４−１８)だとされる。のちに述べることになるが、ウグイスカグラの『カグラ』は、歌舞伎のダンマリに関連して生まれた語である。ということは、ウグイスカグラという植物名は、ダンマリの所作事の成立とともに生まれた“ことば”であり、江戸時代も末期に作られた造語だと考えられる。
上記の推論に間違いがないのは、ウグイスカグラの呼び名の変遷をたどることで証明することができる。
ダンマリの様式が完成した安永年間に、「物類称呼」(越谷吾山、１７７５)が上梓された。この本では、ウグイスカグラを「ウグイスノキ」と呼んでいる。ダンマリの用語が定着したとされる文化年間の後、幕末に刊行の「草木図説」（飯沼慾斎、1856）では、これがウグイスカグラに変わっている。ウグイスカグラの初出である。したがって、この用語は飯沼慾斎の創案にかかるものとみて間違いない。（｢草木図説｣の「草部」２０巻は安政３年(１８５６)に刊行されたものの、「木部」１０巻は未刊に終わっている）。
話をダンマリへ戻す。
初期のころのダンマリは、山賊・六部・巡礼・丑の時参りといった異様な扮装をした登場人物が、暗く無気味な舞台のなかで、手探りしながら宝物などを奪い合うといった場面が多い。このダンマリ・シーンでの出来事が、その後の事件の発端となってゆく。宝物を奪い合った人物の関係などが、場面の展開につれて、しだいに解きほぐされていく。これをダンマリ・ホドキという。暗闇で物を探りあう場面は、闇試合などと呼ばれ、すでに元禄歌舞伎のころからあったが、当時は諧謔の要素が強いものであったといわれている。
ダンマリの手法は、歌舞伎の顔見世狂言にも取り入れられる。年度はじめの歌舞伎興業のことを顔見世といい、これに座頭級の役者が勢ぞろいする。歌舞伎界の大物役者が一堂に会するのも面白かろうという、単純な発想から生まれたものという。それまでは、ツラネと呼ばれる出会いのシーンで、長々とセリフを言い合ったり、あるいは荒事アラゴト風の力比べをしたり、どちらかといえば健康的であったものが、安永年間の緊迫した世相（田沼時代。ロシヤ船来航､海防問題。）を反映して、ダンマリのような無気味な演出を生み出したものと思われる。扮装は奇抜を極め、かつ役者の個性を活かしたものが選ばれる。鳴り物も神楽など、凄みをきかしてゆっくり演奏して、役者も大間に所作するという独特の様式ができあがっていった。
さて、このダンマリで演奏された鳴り物が歌舞伎狂言では「岩戸神楽」と呼ばれる。鳴り物は、三味線を除いた太鼓・笛・鉦が奏せられ、荒事アラゴト の出端デバナや立ち回り・忍びのものなどに用いられる。
この鳴り物・岩戸神楽は、通常、太鼓のドンドロドロ・・・という音で始まりこれを、俗にドンドロと呼びならわす。面白いことに、植物ウグイスカグラの方言に、ドンドロというのが三重(亀山)にある。これは言うまでもなく、ダンマリで奏される「岩戸神楽」の効果音である。方言では「神楽」のことを、鳴り物の擬音「ドンドロ」で呼んでいたのだ。「カグラ」すなわち「ウグイスカグラ」の方言が見当たらなかったのも当然である。ウグイスカグラは、名前を変え、誕生していたのである。
ウグイスカグラの方言は、ドンドロだけに止まらない。同じ三重県の鈴鹿地方から、「ドンドログミ」と「ドンドイチゴ」という方言が採取されている。これはあきらかにウグイスカグラの赤熟した果実を意識した名前である（ドンドイチゴのドンドは、ドンドロの略と、ドンド焼きのドンドとを兼ねたものだろう）。
太鼓の鳴り物のドンドロに笛が加わり、ヒュードロドロドロ・・・となると、これは歌舞伎で幽霊が舞台に登場する場面の効果音である。
神奈川(津久井)に、ゴリョウゲ・ゴリョーゲという方言がある。ゴリョウゲは漢字で「御霊気」と書き、幽霊、または怨霊、化け物を意味する。これを「御霊(ゴリョウ)」ということもある。恨みを残し、非業の最期をとげた人の怨霊をいう。京都の祇園御霊会（ギオンゴリョウエ）が有名。
このゴリョウゲの訛ったものみられる方言に、ゴリョーガイ（埼玉(秩父・入間)・神奈川（中久井））やゴロゲ（神奈川(東丹沢)）というのがある。これら一連のゴリョウゲも、鳴り物の「ヒュードロ」、すなわち「幽霊」に関係したウグイスカグラの方言とみられる。
ダンマリの舞台の「暗闇」を意識した方言もある。カラスグミがそれで、ダンマリ･シーンの暗いのを「烏」の黒で表わしている。これを、ウグイスカグラの実が赤いのに黒では矛盾するなどと考えてはいけない。
大分（湯布院）にオバンチという方言が収録されている。この意味はハッキリしないが、おそらくオバンイチゴ（お晩苺）の詰った“ことば”で、上のカラスグミ（烏−）と同義でないかと思われる。
ウグイスカグラの方言に、東京・和歌山・福岡方面でウグイスというのが採取されている。
これはウグイスカグラの名前の古形を留めたものと考えられる。古くは、この木をウグイスノキと呼んでいたからである。
ウグイス系の方言で注目すべきものに、岐阜・千葉・三重方面にウグイスグミというのがある。福井地方では、これをウグイスジョウゴと呼んでいる(上戸は酒飲みの意で、赤い果実を酔ッパライの顔に見立てた語)。夏、一年生の徒長枝に細長い果柄をたらし、透き通る紅色の果実を付ける。熟すと甘く、子供が好んで食べる。
4.ウグイスカグラ方言考
ウグイスカグラの方言は、大別すると次の3つに分類される。
（１）岩戸神楽に関するもの
（２）古名･鴬に関するもの
（３）果実に関するもの
（１）の「岩戸神楽」系には、Ａアマテラスの「岩戸隠れ」と、Ｂ「ダンマリの鳴り物」に関するものがある。
Ａは次節に関係するので、第５節へ説明をゆずる。Ｂについては前節で述べた。
（２）の「古名ウグイスノキ」系の方言は、（3）の「果実」系のものと混在するので、特に古名に関係するものを取り出し、この項で説明する――
単に、ウグイスと呼ぶのは和歌山（有田）･福岡（粕屋）である。また、ウグイスカグラはラッパ型の花をつける。その特徴ある花型に基づく名前に、ウグイスツツジ（三重（北牟婁））とか、ウグイスバナ（三重（多気））というのがある。
小鳥の名がある方言に、スズメグミ（千葉（夷隅･大多喜））･スズメイチゴ（奈良（吉野））、あるいはスズメゴミ（三重（一志））というのがある。これは一見したところ小鳥の「雀」を意味するように見えるが、もともとは、そうではなかっただろう。これはスズミグミ（千葉（長生））の転化したもので、長い花柄の先に二つずつ垂れ下がる、「鈴（スズ）のような格好をした果実（ミ）」というのが原義であろう。垂れた果実を神楽鈴に見立てたもの。
（３）の「果実」系の方言は、その数が一番多い。そのうち、古くからあり、特徴的な方言にコシキというのがある。江戸時代、諸国の方言を収集し考証した書「物類称呼」(越谷吾山、１７７５)にも、コシキが載る。
吉キツ利リ木キ樹うぐひすのき伊賀にてこしきと云。
［注］吉利木樹をウグイスノキとするのは誤り。
コシキ（甑）は、米などの蒸し器のこと。楕円形の甕型の道具で、底に湯気を通す穴が開く。弥生時代に始まり、素焼きの土器であったものが奈良時代以降、木製に変わる。現在は、底に竹のスノコを敷いた方形に変わり、セイロウと呼ばれる。江戸時代にはウグイスカグラは、ラグビー･ボールのような果実の形から、コシキと呼ばれていたようだ。現在でも、三重県にコシキ、あるいはコシキグミの方言が残る。また、同地方では、これが訛ってコジキグミ(乞食茱萸)とも呼んでいる。
「大漢和辞典」（諸橋轍次、大修館書店）に、『アウ』を説明して
黄アウは、ちょうせんうぐいす。黄鳥。
と記す。日本のウグイスに較べて、朝鮮のウグイスは羽が美しく奇麗だという。それで江戸では、ウグイスノキを「チョーセングミ」と呼んでいた、と記録に残る(「物類称呼」)。
中部地方を境とし日本列島の北と南で、ウグイスカグラの果実の呼び名が異なっている。中部から東北にかけては、この果実をグミと呼ぶ（グミー長野・東京・青森・岩手。アズキグミ−埼玉。フーリングミ−千葉。ホータルグミ−静岡。ヤマグミ−岩手）。中部より南では、これをイチゴと呼ぶ（サガリマメイチゴ−香川。トリイチゴ−島根・三重・山口。ヒヨドリイッゴ−鹿児島。マメイチゴ−岡山、廣島)。方言の分布が南北に分かれ、地域的に見事な対照を成しているのも面白い。
[b][size=medium]5．「鶯隠がくれ説」と「鶯狩りか座くら説」
ウグイスカグラの語源については、ウグイスが小鳥の「鶯」であることに異論はないものの、カグラの解釈で意見が大きく異なっている。
「植物名の由来」(中村浩、東京書籍)では、ウグイスカグラの古名に語源の手掛かりを求め、次のような「鶯隠れ」説を展開する。
数多い古名のうち、わたしの注意をひいたのはウグイスガクレという名であった。ウグイスがクレという名は、この木の幹に小枝が多くしげり、ウグイスが隠れるのにつごうがよいので“鶯が隠れる木”という意味でこの名がつけられたものであろう。
わたしの山荘では、春から初夏にかけて鶯がよく鳴くが、いつもその姿を見ることはできない。おそらくこうした低木の木陰に身をひそめて鳴いているのであろう。
このウグイスガクレが、いつしかウグイスカグラに変転したものと思われる。ガクレがカグラになることは決して不自然ではない。
もう一つウグイスカズラという古名もあるが、この名もウグイスがクレの転訛した名であろう。しかしこの木は蔓にならないので、カズラという名は適当でない。
もう一つ、この木には甘い実がなるので、鶯にとっては、単なる隠れ家だけではなく、餌のなる木でもあるのであろう。
「春から初夏にかけて鶯が鳴くが、いつもその姿を見ることができない」ことから、「鶯隠れ」をウグイスカグラの語源とみたのは、正解への方向としては間違ってない。ただ、残念なことに、『鶯隠れ』がアマテラスの『岩戸隠れ＝岩戸神楽』に関連していることに気付いていない。画竜点睛を欠くというべきであろう。
文中、古名ウグイスカズラについて、この木がツルでもないのに、カズラというのは誤りである、と指摘している。確かに、この指摘は植物学的には間違ってはいない。しかし、「蔓」はツルとも読むが、カズラとも読む。古名のウグイスカズラというのは「岩戸隠れの舞」、すなわち岩戸神楽に関するものである。言い換えれば、神楽を舞うとき頭にかぶるのがカズラ(髪飾り)であって、植物学的なツルをいっているではない。ウグイスカズラとは、ウグイスがカズラを被って神楽を舞うさまを現す“ことば”なのである。鶯隠れ説が『岩戸神楽』を全く考慮していないことによる、誤った指摘といえよう。
「植物和名の語源研究」（深津正､八坂書房）は、上記の「鶯隠れ説」などを紹介しつつ、自説の「鶯狩りか座くら説」につき次のように主張する。
私はこれらの説とは別の考えを持っている。すなわち、ウグイスカグラは、「ウグイスかくら(狩座)」の転じたものではないかという解釈である。「かくら」は、狩をする場所、つまり「狩りか座くら」の訛ったものである。
この木には、花のころに限らず、実のなるころにもいろいろな小鳥が寄ってくる。ウグイスジョウゴの異名もあるくらいだから、とくにウグイスがこれを好んだらしい。だから、もち竿や網を使ってウグイスを捕らえるには、この木はもってこいの場所になる。したがって、猟場を意味する『かくら』の語を添えウグイスカクラと称したのが、転じてウグイスカグラとなったのではないだろうか。このように考えると、この木の別の方言名であるゴリョウゲも「御猟木」と解され、つじつまが合うような気がする。
ウグイスカグラは鶯カクラ(狩座)の転だという。「カクラ」は猟場、狩場の意。この木は、花ばかりか実もなり、多くの小鳥が集まり、ことに鶯を捕まえるのに格好の場所とされるところから、この木がウグイスカクラと呼ばれ、それが転じてウグイスカグラになったという。
この「鴬かくら説」は説得力があり、かなりの支持を集めているようだが、この主張には、次に述べるような無理がある――
�．Ε哀ぅ好�グラの木陰が「鴬の猟場」と見なされていること。
一般に狩猟という場合は、鷹を放ち、弓矢を用いて獣を狩ることをいう。たかだか鴬一匹をトリモチなどで捕まえるのを、ふつう「狩猟」あるいは｢狩り｣とは言わないし、灌木であるウグイスカグラの木陰を「猟場」とも呼ばない。
�▲Ε哀ぅ好�グラの方言「ゴリョウゲ(御霊気)」を「ゴリョウギ(御猟木)」の意に解していること。
ゴリョウゲ(御霊気)は、既に世間で定着した成語である。リョウゲは、いわゆるモノノケのこと。幽霊とか、怨霊といった化け物をいう。そのリョウゲ(御霊気)にゴ（御）のついた“ことば”である。これをゴリョウギ（御猟木）の意とし、強いて「猟」に関連付けるのは付会といわざるをえない。
ウグイスカグラは、かわいい花が咲き、美しい実がなる、普通の木である。したがって、その名前の由来も、字面どおりに「鴬神楽」と素直に受け取ればよかったのである。
(和泉 晃一)
＜転載、以上＞
＜この項、続く＞
投票数:138
平均点:6.30
 風土区分：日本 |
 栽培方法、育て方 |
