<Wikipediaより、転載>

目黒川(めぐろがわ)は、東京都世田谷区、目黒区および品川区を流れ東京湾に注ぐ河川。二級水系の本流である。
河口付近では古くは「品川」(しながわ)といい、湾岸開発が進む以前は河口付近で流れが湾曲していて流れが緩やかであったため、古くは港として使われ、品の行き交っていた川であった。これが「品川」の起こりとされる。
江戸時代の絵図などでは、その上流の下目黒付近では「こりとり川」と記され、江戸時代に目黒川と記した絵図はない。「こりとり」は「垢離取り」の意味でこの川で身を清めてから目黒不動尊に詣でたのである。

【地理】

東京都世田谷区三宿の東仲橋付近で北沢川と烏山川が合流して目黒川となり南東へ流れ、品川区の天王洲アイル駅付近で東京湾に注ぐ。
起点(北沢川と烏山川の合流点)から国道246号の大橋までの600m強の区間は暗渠化され、それと併せて地表部分には人工のせせらぎを抱いた緑道(目黒川緑道)が整備されており、カルガモや鯉、ザリガニなど様々な生物が住み着いている。大橋より下流は開渠となっている。現在、「清流復活事業」として、目黒川を流れる水の大部分は新宿区の東京都下水道局落合水再生センターで下水を高度処理したものを導いている。
目黒区の辺りでは桜並木があり、花見の時期には多くの見物客でにぎわう。

【流域の自治体】

東京都
世田谷区、目黒区、品川区

【支流】

ほとんどは暗渠化され、その多くは緑道として整備されている。

●北沢川(北沢用水)
かつての流路のうち世田谷代田駅南方から烏山川との合流点やや下流までの間は、世田谷区の「ふれあいの水辺事業」により、暗渠の上に人工のせせらぎが再現されている。

●烏山川(烏山用水)
北沢川とともに世田谷区による緑道整備の主要な対象となっている。環八沿い(蘆花恒春園北方)に約300mにわたって開渠が遺るが、水は流れていない。

●空川
緑道化されていない。主たる水源地は駒場野公園として保全されている。

●蛇崩川

●谷戸前川

●羅漢寺川
一部は緑道化されている。その緑道の数か所から湧水が出ており、目黒不動尊にある滝と池からも流入している。主たる水源地は目黒区清水にある清水稲荷付近とされている。

【橋梁】

北沢川と烏山川の合流点より記載。

東仲橋(跡)
大橋 - 国道246号(玉川通り)および首都高速3号渋谷線。これより上流は暗渠化及び緑道化されている。
常盤橋
万代橋
氷川橋
東山橋
目黒橋 - 東京都道317号環状六号線(山手通り)
中の橋
南部橋
柳橋
千歳橋
天神橋
朝日橋
宿山(しゅくやま)橋
桜橋
別所橋

(鉄道橋) - 東急東横線および日比谷線

日の出橋
宝来橋
皀樹(さいかち)橋 - 東京都道416号古川橋二子玉川線(駒沢通り)
田楽橋
なかめ公園橋
中里橋
田道(でんどう)橋
ふれあい橋

目黒区目黒、目黒新橋より
目黒新橋 - 東京都道312号白金台町等々力線(目黒通り)
太鼓橋
(鉄道橋) - 東急目黒線
亀の甲橋
市場橋
谷山橋 - 東京都道418号北品川四谷線及び首都高速2号目黒線

東急池上線の鉄橋
本村橋
五反田大橋 - 国道1号(桜田通り)
大崎橋 - 東京都道317号環状六号線(山手通り)
(鉄道橋) - 東急池上線
ふれあいK字橋
上目黒川橋梁 - JR山手線及び山手貨物線
山本橋
御成橋 - 東京都下水道局芝浦水再生センターの下水処理水を8時30分と9時〜21時の一時間ごとに散水(日没後にはライトアップされる)。
鈴懸歩道橋
小関歩道橋
森永橋
居木橋 - 山手通り
(鉄道橋) - JR山手線他
御嶽橋
(鉄道橋) - JR東海道線及び京浜東北線
要津橋
東海橋 - 国道15号(第一京浜)
(鉄道橋) - 京急本線新馬場駅。新馬場駅の周辺地図には京急が走っている橋ともう1つ名前が書いてない橋が書いてあるが、実際には存在していない。
荏川橋 - 荏川橋から品川橋に続く荏原神社の川岸には桜が植えてあり、桜の名所として紹介されることもある。
鎮守橋 - 荏原神社の参道があったが、目黒川の流路変更に伴いこの橋になった。
品川橋 - 旧東海道
新品川橋
洲崎橋
昭和橋 - 東京都道316号日本橋芝浦大森線(海岸通)
アイル橋 - 東品川海上公園内
東品川橋 - (天王州通り)

関連項目

この川をモチーフにした楽曲を複数の歌手が発表している。

公表年 歌手名 曲名 収録アルバム名

2002年 KAB. 目黒川 向日葵
2004年 奥井亜紀 目黒川 cyclong
2010年 miwa めぐろ川 don't cry anymore

<転載、以上>

<以下は、「「図説 江戸・東京の川と水辺の事典」(鈴木理生編著、2003/5/15)」からの部分転載>

総延長:7.82km

三つの河が合流する池尻という地名は、少量の降雨でたちまち池のように水が溜まってしまうことを意味し、そのために大山厚木街道には、大橋が必要だった。これが新玉川線の「大橋」の原型である。
目黒川の本流は、江戸期には、農業用水として利用されていたが、明治期以降は沿岸の中小工場の原材料や製品の船運に利用された。
目黒川の川岸は水害対策のため、ほぼ全域がコンクリートの直立護岸に改修され、水害の発生防止するために船入場調整池(目黒区中目黒三丁目)と荏原調整池(品川区西五反田三丁目)が建設されている。そして、現在は、源流域からの水量がほとんどないため、清流復活事業として、平成七(1995)年度から落合処理場(新宿区上落合一丁目)の高度処理水(砂ろ過水)が導入されている。


<転載、以上>
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