【日本書紀に登場した「山桜」】
＜「桜 �機爾發里反祐屬諒顕住法�(有岡利幸著)」より、転載＞
山桜がはじめて文献に見えるのは、『日本書紀』巻第十二の履中天皇の条である。
履中三年(402年)冬11月6日、天皇は両股船(ふたまたぶね)を磐余(いわれ)の市磯池(いちしのいけ)に浮かべられた。妃とそれぞれの船に分乗して遊ばれた。
膳臣(かしわでのおみ)の余磯(あれし)が酒を奉った。そのとき、桜の花びらが盃に散った。天皇は怪しまれて、物部長真胆連(もののべながまいのむらじ)を召して、詔して「この花は咲くべきでないときに散ってきた。どこの花だろうか。お前探してこい」と言われた。長真胆連はひとり花を尋ねて、腋上(わきかみ)の室山で、花を手に入れて、奉った。
天皇はその珍しいことを喜んで、宮の名を磐余稚桜宮(いわれわかさくらのみや)とされた。そらにこの日、長真胆連の本姓である膳臣を改めて、稚桜部造(わかさくらべのみやつこ)とされた。
この挿話の季節は冬11月であるかた、桜花は狂い咲きの物であった可能性が高い。狂い咲きの花は桜樹全木に花がつくことはきわめて少なく、ふつうでは数えることのできる程度の花数である。したがって、池の中ほどまで船を漕ぎ出した天皇の大盃に中に花びらが落ちる確率はきわめて低い。なお、磐余稚桜宮の所在地については、奈良盆地南部の桜井市大字池之内に鎮座している稚桜神社との関係が注目されている。
＜転載、以上＞
そして、有岡氏は、日本書紀のこの挿話は、実際の桜花が散ってきたという事実を述べたものではなく、地名発祥と人の名前の命名のいきさつを述べたものと考えるべきだろうと結論づけています。
さらにこの当時の奈良盆地南部の里山は、人々の絶え間ない利用によって、松を主とした二次林となっていたことを指摘し、こうした二次林なら、山桜の生育に適していただろうとし、その中で狂い咲きの個体があることも容易に想像できると結んでいます。
上記文献でこの挿話の舞台となった神社としては、稚桜神社が挙げられていますが、地元では、若桜神社もその可能性があるとしているようです。以下にこの二神社をご紹介しておきます。
【稚桜神社について】
●桜井市の観光情報サイトにある「稚桜神社」のページは、
こちら。
住所：奈良県桜井市大字池之内字宮地1000
●秋の例祭は、
10月の第3土曜日が「宵宮祭」で、第4日曜日が「秋祭」です。
●祭神は、
気息長足姫命、出雲色男命、去来穂別命
●創祀年代は不詳。神功皇后三年春正月、磐余を都とし、
履中天皇も当地で即位したとされています。磐余稚桜宮跡と伝えられる地も東口、古池、滝ヶ様などの小字が付近にあることから、想像されます。
本殿の左右に、天満神社と高麗神社が鎮座しており、宝暦九年（一七五九） の藤堂藩領桜井組神社改帳（桜井町史）では「天満宮」とされているので「天満宮」と呼ばれていた時期もあったようです。そのためか、参道の燈籠には「天満宮」と刻まれたもの散見できます。
高麗神社の祭神は、創建時は、神功皇后(気息長足姫命)でしたが神功皇后を本殿に合祀し、境内社であった住吉神社を高麗神社に祀り直して、武内宿禰を祭神としています。
【若桜神社・高屋安倍神社】
住所：奈良県桜井市谷344
●由緒：
高屋安倍神社は式内大社。本来の鎮座地は更に南400mにある松本山であって、「霖雨のため一山崩潰社殿破壊し終に若桜神社の境内に遷座せり」と社伝に記されているそうです。
時期は不明ですが、18世紀以前と思われます。 近くに安倍文殊院（崇敬寺）がある所から、大化以降この地は安倍氏の聖地であったと推定されています。
安倍（阿部）氏は八代孝元天皇の皇子の大彦命の後裔の阿倍倉梯麻呂（あべのくらはしまろ）が文殊院を創始しています。 阿倍倉梯麻呂は、大化の改新以後にわが国最初の臣下で最高の官職である左大臣に任命され、中臣鎌足や石川麻呂らと、中大兄皇子の下で、大化改新の推進を行いました。 また、阿倍氏は、四世紀以降東国とも関係が深く、東国政策にも大きな影響力を有していました。 倉梯麻呂は大化五（649）年に死去している。七世紀の大型石室墳である文殊院西古墳も文殊院境内にあり、倉梯麻呂を葬った可能性が高いとされています。
●磯城郡誌＜大正5年(1915年)＞には、
「邑の西丘にあり、式内村社にして今白山権現と称す。
境内に長真胆連が献じたると云へる稚桜の子孫木あり。枝垂桜にして其の花殊に艶麗なり。(中略)本社の祭神�弔覆蕕兇襪�倘くは稚桜部民の祖・物部長真胆連を祀りしならん」
とあります。
同誌によれば、掖上の室山で長真胆連が桜花を得たとの説話を承けて、その後裔・稚（若）桜部造一族が、その祖神を祀ったのが谷の若桜神社ということになります。
谷の若桜神社の祭神・伊波俄加利命（イハカカリ､伊和我加利命とも記す）の出自は不明ですが、奈良県史（1989）には伊波俄牟都加利命(イハカムツカリ)の後裔とあり、伊波俄牟都加利命は新撰姓氏録（815）には、
「右京皇別 若桜部朝臣 安倍朝臣同祖 大彦命孫伊波我牟都加利命之後也」
とあるように、若桜部朝臣（臣）は孝元天皇の皇子･大彦命の後裔ともされています。
＜以上＞
＜「桜 �機爾發里反祐屬諒顕住法�(有岡利幸著)」より、転載＞
山桜がはじめて文献に見えるのは、『日本書紀』巻第十二の履中天皇の条である。
履中三年(402年)冬11月6日、天皇は両股船(ふたまたぶね)を磐余(いわれ)の市磯池(いちしのいけ)に浮かべられた。妃とそれぞれの船に分乗して遊ばれた。
膳臣(かしわでのおみ)の余磯(あれし)が酒を奉った。そのとき、桜の花びらが盃に散った。天皇は怪しまれて、物部長真胆連(もののべながまいのむらじ)を召して、詔して「この花は咲くべきでないときに散ってきた。どこの花だろうか。お前探してこい」と言われた。長真胆連はひとり花を尋ねて、腋上(わきかみ)の室山で、花を手に入れて、奉った。
天皇はその珍しいことを喜んで、宮の名を磐余稚桜宮(いわれわかさくらのみや)とされた。そらにこの日、長真胆連の本姓である膳臣を改めて、稚桜部造(わかさくらべのみやつこ)とされた。
この挿話の季節は冬11月であるかた、桜花は狂い咲きの物であった可能性が高い。狂い咲きの花は桜樹全木に花がつくことはきわめて少なく、ふつうでは数えることのできる程度の花数である。したがって、池の中ほどまで船を漕ぎ出した天皇の大盃に中に花びらが落ちる確率はきわめて低い。なお、磐余稚桜宮の所在地については、奈良盆地南部の桜井市大字池之内に鎮座している稚桜神社との関係が注目されている。
＜転載、以上＞
そして、有岡氏は、日本書紀のこの挿話は、実際の桜花が散ってきたという事実を述べたものではなく、地名発祥と人の名前の命名のいきさつを述べたものと考えるべきだろうと結論づけています。
さらにこの当時の奈良盆地南部の里山は、人々の絶え間ない利用によって、松を主とした二次林となっていたことを指摘し、こうした二次林なら、山桜の生育に適していただろうとし、その中で狂い咲きの個体があることも容易に想像できると結んでいます。
上記文献でこの挿話の舞台となった神社としては、稚桜神社が挙げられていますが、地元では、若桜神社もその可能性があるとしているようです。以下にこの二神社をご紹介しておきます。
【稚桜神社について】
●桜井市の観光情報サイトにある「稚桜神社」のページは、
こちら。
住所：奈良県桜井市大字池之内字宮地1000
●秋の例祭は、
10月の第3土曜日が「宵宮祭」で、第4日曜日が「秋祭」です。
●祭神は、
気息長足姫命、出雲色男命、去来穂別命
●創祀年代は不詳。神功皇后三年春正月、磐余を都とし、
履中天皇も当地で即位したとされています。磐余稚桜宮跡と伝えられる地も東口、古池、滝ヶ様などの小字が付近にあることから、想像されます。
本殿の左右に、天満神社と高麗神社が鎮座しており、宝暦九年（一七五九） の藤堂藩領桜井組神社改帳（桜井町史）では「天満宮」とされているので「天満宮」と呼ばれていた時期もあったようです。そのためか、参道の燈籠には「天満宮」と刻まれたもの散見できます。
高麗神社の祭神は、創建時は、神功皇后(気息長足姫命)でしたが神功皇后を本殿に合祀し、境内社であった住吉神社を高麗神社に祀り直して、武内宿禰を祭神としています。
【若桜神社・高屋安倍神社】
住所：奈良県桜井市谷344
●由緒：
高屋安倍神社は式内大社。本来の鎮座地は更に南400mにある松本山であって、「霖雨のため一山崩潰社殿破壊し終に若桜神社の境内に遷座せり」と社伝に記されているそうです。
時期は不明ですが、18世紀以前と思われます。 近くに安倍文殊院（崇敬寺）がある所から、大化以降この地は安倍氏の聖地であったと推定されています。
安倍（阿部）氏は八代孝元天皇の皇子の大彦命の後裔の阿倍倉梯麻呂（あべのくらはしまろ）が文殊院を創始しています。 阿倍倉梯麻呂は、大化の改新以後にわが国最初の臣下で最高の官職である左大臣に任命され、中臣鎌足や石川麻呂らと、中大兄皇子の下で、大化改新の推進を行いました。 また、阿倍氏は、四世紀以降東国とも関係が深く、東国政策にも大きな影響力を有していました。 倉梯麻呂は大化五（649）年に死去している。七世紀の大型石室墳である文殊院西古墳も文殊院境内にあり、倉梯麻呂を葬った可能性が高いとされています。
●磯城郡誌＜大正5年(1915年)＞には、
「邑の西丘にあり、式内村社にして今白山権現と称す。
境内に長真胆連が献じたると云へる稚桜の子孫木あり。枝垂桜にして其の花殊に艶麗なり。(中略)本社の祭神�弔覆蕕兇襪�倘くは稚桜部民の祖・物部長真胆連を祀りしならん」
とあります。
同誌によれば、掖上の室山で長真胆連が桜花を得たとの説話を承けて、その後裔・稚（若）桜部造一族が、その祖神を祀ったのが谷の若桜神社ということになります。
谷の若桜神社の祭神・伊波俄加利命（イハカカリ､伊和我加利命とも記す）の出自は不明ですが、奈良県史（1989）には伊波俄牟都加利命(イハカムツカリ)の後裔とあり、伊波俄牟都加利命は新撰姓氏録（815）には、
「右京皇別 若桜部朝臣 安倍朝臣同祖 大彦命孫伊波我牟都加利命之後也」
とあるように、若桜部朝臣（臣）は孝元天皇の皇子･大彦命の後裔ともされています。
＜以上＞
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 時代区分：平安時代以前 |
